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量的緩和解除後の金融政策について

11月に自民或いは内閣要人による量的緩和解除を牽制する発言以降、量的緩和解除後の金融政策について、まともな議論がなされるようになった。将来のインフレを危惧して予防的金融引き締めを主張する日銀と、デフレ回帰をまだまだ危惧すべきだとする政府・自民党の議論はそれぞれに妥当性があると感じられる。この点を自ら整理すべく、当記載を行うものである。

□ 日銀金融政策の回顧

まずは実質金利の推移をご覧頂きたい。

RealRate

実質金利とは、金利(この場合、政策金利)から物価上昇率(この場合、消費者物価コア指数)を差し引いたもの。一般的にプラスの場合は景気及び投資への抑制効果が働き、マイナスの場合は景気及び投資への刺激効果が働く。図においてから判るように1995年以降の金融政策において実質金利は常にプラスであり、景気及び投資に対する抑制的であったことが判る。1998年以降は物価上昇率がマイナスのデフレ(若しくはディス・インフレ)状態となっているため、金利の下限であるゼロ%まで下げても実質金利をマイナスにすることは困難であったことは致し方ないという面がある。しかし、日銀が実質金利をマイナスにしたのは1980年まで遡り、バブル崩壊後に失われた10年と呼ばれる日本経済の長期低迷期を招く一因になったとの見方をされることが多い。米国FRBは実質金利を機動的にプラスにしたり、マイナスにしたりして来たことと比較すると日銀の金融政策は硬直的だったと言える(量的緩和政策を導入するまで)。

日銀が実質金利をマイナスにしなかったことについて、批判的な意見が多いが小生はそうではない。戦後の日本は土地及び株価の右肩上がりの資産効果による経済発展に安住する傾向があり、これを払拭するために“資産効果の期待感を排除”する必要があったと考えている。まあ、デフレを深刻にさせた面を否定することではないが、その責任は政府にもあり、政府の方がむしろ大きいと感じている。

□ 今後の実質金利について

量的緩和政策とは、物価上昇率がマイナスになることで実質金利がプラスに位置していることを補うために量を増加させたものである。遅くとも2006年1月には消費者物価指数はプラスになる。政策金利がゼロのまま消費者物価指数がプラス化すると実質金利がマイナスに転ずる。このことは、金利面から景気及び投資に対して刺激的となる。経済拡大傾向が強まっていることで消費者物価指数がプラスに転ずるのであって、景気拡大で金融の緩和傾向が強まることとなる。日銀が量的緩和解除を推し進めようとしているのは、実質金利のマイナス化による金融緩和の効果を量を縮小することでバランスを取ろうとしていると考えている。

□ 量的緩和解除後の政策について

1998年に流動性の罠に陥った日本経済を救うべく、政府は公共投資を拡大した。その影響で2008年に大量の国債償還を迎える。デフレ脱却が遅れたため、この間税収は伸びておらず、財政赤字が拡大しており、これが将来の日本経済拡大を阻害する要因となっている。1999年2月に導入されたゼロ金利政策時及びその直前において、流動性の罠の中で財政刺激に頼っていた。そのつけが2008年以降に戻ってくる状況となっている。

これらの歴史的な経緯を考慮すると、税収が回復して財政赤字縮小の目処がつくまで、日銀は金融緩和を持続すべきであると考えている。前項で記載したように物価上昇に伴い、金融緩和が進む分、量の縮小を進めていくということになるだろう。11月30日に日銀副総裁が示したように当面の間ゼロ金利を持続することで、今後は実質金利による経済及び投資の刺激に切り替えることとなるであろう。実質金利のマイナスがどの程度のものになるかは不明であるが、財政赤字の巨額さを考慮すると-1%程度まで拡大する必要があるかもしれない。この見極めと他の経済状況の確認が2006年相場の主要テーマになると考えている。

この所、体調不良で休日を休養に当てていたため、当該サイトの更新を全く行っていませんでした。果たして何人が期待していたかはわかりませんが、最近アクセス数が飛躍的に増えています。この季節は大学生が卒業論文を行う頃であり、そのネタを探るべく小生のサイトを熟読している人もいるのかも知れない。そうだとすると危険なので辞めた方が良いと思います。経済学とは異質のもので、理論の枠を崩して理論を構築しているため、表面だけ摘み食いすると、根底のロジックの理解不足からロジック全体を崩される可能性が高いからです。研究職としてある程度の経験を積んでいないと厳しいものですので、当該サイトをヒントにやはり自らの言葉と理論を模索すべきではないかと思います。

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